4章 そして魔法使いになった日
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四面楚歌。
ああ項羽よ、貴方はそのときこんな気持ちだったのか。
次の日。
今日は朝からこんな状況だ。
昨日はいろいろあったものの、なんとか自分の家に帰りつくことができた。そして今日は学校が休みで、オレはどこかブラブラしようと思い、門の前へ立った。
そこでまず、隣の家に住んでいる桜子が、オレと同じタイミングで家から出てくる。
次にバカ面さげた秀也が少し先から手を振り。
その次はリンが、向かいの家の屋根から降ってきた。もしかして、また魔法とでもいうのだろうか。
そしてダメ押しで、オレが出てきたばかりの玄関から母親が顔出す。
「た、拓ちゃん……」
事情を話したはずなのだが、微妙に顔を赤らめつつ、妙な目つきでオレを見てくる桜子。かなり傷つくから本気でやめて欲しい、その目は。
「おはよう裏切り者くん」
フレンドリーに振っていたはずだったその秀也の手は、妙にナチュラルな動きでオレの首元に迫る。軽くあしらうが、昨日からどういうつもりなのか。
「なんで昨日うちに来てくれなかったのっ?」
あいかわらずスカートであることを気にしないリンは、妙に作りっぽい怒り顔をオレに寄せる。この人はオレを男として見ていないのか。
「うんうん、よきかなよきかな。しっかり青春を謳歌せよ、少年少女!」
エプロン姿のまま出てきた母親は、妙なことを言い出す。我が母親ながら、本当に大人なのかと普通に疑いそうになるそのノリはやめてくれ。
オレの四方は、そう言ったどれも同じくして妙なものにに囲まれていた。そんな状況。せめてオレの故郷の歌をうたってくれ。故郷の歌とはなんなのか分からないが。
オレの得意の”明日へ放置”が見事に仇となった結果だった。
「えっと、用事思い出したから……じゃあね……」
しばらくオレを含めた五人の間で沈黙が流れた後、その沈黙に耐えかねたのか、桜子が下向きかげんで、風が吹いたら飛ばされそうなくらい小さい声でつぶやいた。そして、
昨日と同じように後ずさりで、この場から消えていった。途中で二度転び、五度電柱にぶつかっていたことは、今は触れられない。
「おっととと? おばさんはお邪魔だったね、ごめんね〜」
桜子が完全に見えなくなると、次はオレの母親が口をひらく。そのまま家の中へ消えたはいいが、覗き穴からこちらを見ているのはバレバレだ。年齢詐称疑惑を浮上させてもいいだろうか。
「もう、拓斗くん、行くよ」
そんな時、突然手がひかれる。その相手はリンだった。
「い、行くってどこへ?」
「決まってるじゃん、うちだよ、うち」
うちとは、リンの家ということだろうか。なんでまた、と思ったが、昨日のリンのことばが頭によぎる。
”リンはレイちゃんと拓斗くんと一緒に住むんだもん”
まさかそういうことなのか。それはまずい。しかし一瞬でも、むしろおいしいと思ったオレは負け組か。
「待て、オレも行く」
オレがあれやこれやと考えをめぐらせているときに、バカ面が挙手をしながらそう言い出した。そういえばまだいた。
「な、何言ってんだよ、秀也」
「お前だけにいい思いはさせん。もう一人いるんだろ? 美少女」
またそれか。
しかし、そうは思ったが、実際問題一人でリン達の家に行くのは不安だ。リンの行動や、魔法がどうのということもあるが、なにより山綺さんだ。リンがいたとしても、
その眼光はオレに向くに違いない。ならば、緩衝材、もしくは身代わりになり得る秀也はいたほうがいいかもしれない。
だが、問題がある。その魔法という存在だ。昨日のリンは、
”魔法のことを他の人に言っちゃダメだよ”
と言っていた。そのときは桜子限定だったが、他の人、というのは当然秀也も当てはまるはずだ。
ところが、ここにきてオレは思い出した。オレは、秀也に魔法というものの存在を話してしまっていたではないか。あのときは軽く流していたようだが、今現在はどうなのか。
オレが話した内容に出てくる人物、リンに実際に会ってみて、何か秀也の中の状況がかわっているかもしれない。その旨をリンに伝えるべきか否か。
「オレ天野秀也。よろしくリンちゃん!」
人がマジメに考えている横では、デレデレとした笑顔を浮かべた秀也が、リンに握手を求めていた。
「うん、よろしく秀也くんっ!」
リンもリンだ。
もうこれに関して考えるのはよそう、そう思い至ると、新たな疑問が頭に浮かぶ。シュラという人のことだ。
シュラという人は、親友と自負するオレでさえ見間違えるほど秀也とうりふたつだった。ならばなぜ、リンは秀也をその人だと思わないのか。一瞬でもそんな素振りを
見せていなかったと思う。こればかりは自問しても無駄、リンにやんわりと聞いてみることにした。
「ねぇリン、なんでコイツをシュラって人じゃないと分かるの? オレがシュラって人を見たとき、秀也だと思ったのに」
「ん? ああ、そういえば初めてリンと拓斗くんが会ったとき、シュラ様を見て”秀也”とか行ってたよね、拓斗くん。だってね、顔はたしかにそっくりだけど、魔力圧をぜんぜん
感じないんだもん。それにシュラ様の魔力圧は特別だから……」
軽い気持ちで聞いたのだが、リンは一気に話始めてしまった。頭上にハテナマークを浮かべている秀也もいるのだが。
それからリンは、魔力圧は魔法使いが無意識のうちに発する圧力のことだ、とか、山綺さんは怒るとそれが激しくなってすごいことになる、とか話してくれた。その間、時計の長針が半周は
したと思う。
「まぁとにかく、魔人さんや魔女さんなら誰でも、シュラ様と秀也くんを間違えることはないと思うよ。拓斗くんも、早く魔力圧を感じられるようになるといいねっ」
少しげんなりとしたオレだったが、そう言うリンの無邪気な笑顔に癒されてしまうあたり、やはり負け組みのようだ。
結局オレは、再びリンの家へと向かうことになってしまった。
デレデレ面のバカもつれて。勿論、しょうがなく、だ。