2章 彼女と食べ物と魔法の日

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「それで今日の放課後ねぇ」
 次の日、オレはいつもと変わらず、高校へ登校していた。
 昨日のことのせいだろう、オレはそうとう浮かない顔をしていたらしく、登校するなり秀也に突っ込まれてしまった。
 やはり今日という日は来てしまうもので、昨日、”明日のオレ頑張れ”なんて考えていたオレが恨めしい。とにかく不安だらけだ。ゆえにオレは、誰かに昨日のことを話し、 少しでも肩の重さをオレから奪ってほしいと思っていた。だが、実際に話すとなると、少し覚悟がいる。なにせ内容が内容、魔法などという普通の人にはバカげているとしか 思えないものなのだ。それに、マンガやテレビに出てくる魔法というものは、たいていそのような普通の人たちには頑なに隠しているもので、もしかしたら昨日の こともそうしないといけないのかもしれない。
 それでもオレは、秀也に昨日の出来事を話すことにした。これは、秀也という人間を信用しているからに他ならない。そして、今はその話をしている最中だ。
「もうほんとありえないよ。わけわかんない……」
 ことのあらましを話すと、多少方の重さはなくなったものの、やはりため息がでてしまう。
「魔法ねぇ……。あ、でも迎えに来るってことは、オレもお目にかかれるかなぁ、その美少女に」
「……アホ」
 予想はしていたが、秀也は話の内容よりも、海美さんや山綺さん自体に興味があるようだ。
 しかし、あのときは恐怖でそんなことを考える暇がなかったが、海美さんもさることながら、 山綺さんも実に美人だった。冷たい印象を与えてしまうほどに整った顔立ち、綺麗な長髪、そして極めつけの豊満なバスト。海美さんはまだあどけなさの残るかわいさを 持っていたが、山綺さんは大人の魅力をかねそろえていた。もしオレがあんな出会いをしていなかったら、惚れていてもおかしくない。いや、必然だったに違いない。
「まぁとにかくそれで寝不足で……」
「またバカ面さげてんなー、倉地ー」
 一通り説明し終えると、話せたという安堵感から、思わずあくびが出る。
 そこに、一人の男子生徒が背後から近づいてきて、いかにもいやらしい感じでそう言った。
「いちいちバカっていうな、湖矢!」
 振り返らなくても分かる。その男の名前は湖矢裕務。自分で言うのも変かもしれないが、オレと湖矢は、犬猿もただならず、というかんじで、かなり仲がよろしくない。 周りのクラスメイト達は、”ケンカするほど仲がいい”などと言っているが、そんなことはない。そう、断じてありはしない。
 そして困ったことに、秀也と湖矢は同じ部活に所属しているためか仲がよく、結構二人で話ているのを見かける。 ゆえに、オレと湖矢がこうして口ゲンカをすることもしばしばなのだ。
「今大事な相談をしてるんだよ、あっち行けっ」
 オレは、あからさまに湖矢を邪険にしたのだが、
「俺も秀也に話があんだよっ! どうせお前のくだらねぇ話は終わったんだろ? だったらお前があっち行ってろ」
 湖矢はオレを邪険にしてくる。
「まぁ落ち着けよ、二人とも」
 こんなとき、いつも緩衝材の役割をするのは秀也だ。オレは、秀也に迷惑をかけないようにしたいとは思っているのだが、湖矢を目の前にすると、それよりも、口では負けたくない という気持ちが勝ってしまう。なんとなく、湖矢も同じように思っているのではないだろうか、秀也が間に入ると、湖矢はたいてい牙を治める。もちろん、オレもだ。
「よし、そろそろ授業が始まる、さっさと席着こうぜ」
 そして、秀也は手をパンパンと鳴らすと、オレ達をそううながした。
 その後、しばらくして一時間目の担当教師が教室に来て、授業が始まった。

「さて、いよいよか……」
 その日の授業を滞りなく終え、ついに運命の放課後を迎えた。山綺さんの話によれば、迎えに来るとのことだが、本当に来るのだろうか。”全部夢だった”で終わってくれれば 助かるのだが。
「さぁ、美少女美少女〜」
 秀也の存在は無視しよう。視界に入っても見えないことにする。
 オレは、はたから見たら挙動不審な変質者に見えたんじゃないだろうか、と思うほどに、辺りをキョロキョロと見渡していた。まだ高校の敷地内、さすがに中に入ってくることは ないと思ったが、それでもそうせずにはいられない。あの二人が現れないことを祈るばかりだ。
「……く〜ん!」
 語尾しか聞き取れなかったが、どこかで女の子が男を呼んでいるようだ。羨ましい、オレも女の子に声をかけてもらいたいものだ。もちろん、”普通”の女の子に。
「おお、校門のところ見ろよ、中学生かもしれねーけどカワイイ娘がいるぞ!」
 今度は、何もないはずの隣からそんな声が聞こえる。秀也か。スルーするつもりだったが、”中学生”という単語に妙にひっかかってしまった。そして、自然に校門のほうへ 目が向く。
「……とく〜ん!」
 たしかにこの高校のものではない制服を着た女の子が一人、こちらを向いて、両手を振りながら立っている。気のせいだろうか、その対象がオレのような気がする。
「……くとく〜ん!」
 少しずつ校門に近づくにつれて、その女の子をより鮮明にとらえることができてきた。これも気のせいだろうか、オレがその女の子を鮮明にとらえるにつれて、 その女の子は笑顔になり、ますます手をぶんぶんと振っている気がする。
「拓斗くん〜ん!!」
 オレが校門まであと数メートルというところまで来ると、完全にその女の子を確認できた。すると、その女の子が近づいてくる。
 いよいよオレも頭がおかしくなったようで、きっと女の子に呼ばれるのが羨ましいと思ったのが原因で妄想スイッチが入ったのだろう。
 オレはその女の子に抱きつかれた気がした。そうだ、全部気のせい、オレの妄想なのだ。そうか、昨日の出来事もオレの妄想だったのだ。そうに違いない。
「やっぱり高校生のほうが帰りが遅いんだねー、待ちくたびれたよ〜〜」
 幻聴まで聞こえるとは、最近オレは疲れているようだ。体も重い、特に首は誰かにぶら下がられているような気がするくらいだ。
「こういうときは思い切り遊ぼうかなぁ……」
 気づけばそんな独り言をもらす始末。やはり無の存在にはできなかった秀也も、変な顔でオレを見ている。
「うぁぁ……拓斗ぉ……」
「ん?」
「やっぱりそういうことか……この裏切り者おぉ! 彼女いない暦イコール年齢同盟の恥を知れ!!」
 そして、一瞬暗い顔で下を向いたかと思うと、次の瞬間はオレに殴りかからんばかりの勢いでことばを吐き出した。そんな同盟聴いたこともない。第一、なぜ今そんな話をするのだ。
「くそう、お前の話通りたしかにかわいい……しかしロリコンだったとは、拓斗よ……」
 ロリコンとは、心外なことばを秀也は吐くものだ。そして意味が分からない、前フリなしにその話は。それと、さっきから秀也はどこを見ているのだろう。オレの胸元辺りを見ている のではないだろうか。豊満なバストの女の人を見るのならともかく、列記とした男のオレの胸など見て何が楽しいのか。オレの胸には何もない。
「う〜〜ん、あったかいなぁ、拓斗くんはぁ」
 何もないはずだ。
「っと、こんなことしてしてる場合じゃなかった、早くしないとレイちゃんに怒られちゃうよ〜〜」
 何もないはずだった。なのにそこには、何かある。具体的にいうと、人の頭らしきもの、しかも、髪型とリボンからして、女の子の。
「う、うわぁぁぁ!!」
 ようやくオレは気づく、全て夢や妄想などではなかった。いや、とっくに気づいていたのだが、それを直視することができなかったのだ。ありえないだろう、女の子がオレに 抱きつくなんて。しかもこんな公衆の面前で。
「さ〜て、行こっか、拓斗くんっ!」
 その女の子は、何事もなかったかのようにひょいとオレの首から手を離し降りると、にっこりと笑顔でそう言った。やはりそれは、海美さんだった。
 そしてオレは、海美さんに手をひかれるまま、ついていくことになってしまった。
 一瞬見た秀也は、バカ面でポカンとこちらを見ているだけだった。  



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