1章 初めて空を飛ばされた日
2
終業ベルと共に、沢山の生徒達が、校舎内からあふれ出てくる。ここは、オレの通っている高校だ。
「ふう、ようやく今日も終わった、っと」
もちろんオレもその流れの中にいて、周りの生徒の安堵感を感じつつ、自分も同じようにそんなオーラを放っていた。
やはり、学校が好きなんていう学生は、そういたもんじゃない。もちろんオレも一般的思考を持っている。そして、それの極みといっても過言ではない男が一人、オレの横にいた。
「よっしゃー、んじゃ、どっか遊びいくか? 拓斗」
”これ”の名は天野秀也。中学一年のときに同じクラスになって以来、五年連続で同じクラスになっていた。それだけ一緒なら、お互いのこともよく分かってくるわけで、
今では気が置けない、大事な親友になっている。恐らく秀也もそう思ってくれているらしく、オレと秀也はよく行動を共にしていた。
「昨日も一昨日も遊んだから今日はやめとこうよー。風も強くてうざいことだし。あ、痛ぅ……目に砂が……」
年がら年中、学校さえなければ是が非でも遊びを優先させようとする秀也にあきれつつ、風で舞い、目に入った砂埃を、涙ともどもぬぐう。こういうときは、眼鏡が
少し羨ましい。砂埃なんて全部シャットアウトしてくれそうだ。
「風……そうか、たしかに風が強いな、今日はっ!」
などとオレがどうでもいいことを考えていると、秀也がしきりに口元に笑みを浮かべながら、そう言った。なんだかテンションが高い。
「??」
そんな秀也の様子を見ても、何か企んでいることは分かるが、オレはそれ以上のことは分からなかった。普段秀也が考えていることはなんとなく分かるのだが、
”企み”と置ける様子をしているときの秀也の考えは、いつもてんで分からなかった。一つ、いつも共通して分かることがあるとすれば、ろくなことじゃない、ってことだけだ。
「周りを見てみろ拓斗! 誰がいる何がある! そして感じろ、この風……神風を!!」
秀也は、まわりをぐるりと見渡し、最後に天を仰ぎ、飛ぶことができたならいますぐに飛び出さんほどの勢いで、オレに訴えてきた。いっそ飛んでいってしまえ。
「ああー……お先に失礼しまーす」
オレは、秀也の意図が見えて、やはりくだらないことだったと思ったので、もうさっさと帰ってしまうことにした。
「おいおい待てよ、せっかくのチャンスだぜ〜? 枯れてるなぁ、拓斗は」
だが、オレはその秀也の、”枯れる”ということばが、なんだか妙に癇に障ってしまった。
「え……か、枯れ……。わ、分かったよ、のってあげるよ、のればいいんだろ?」
なのでオレは、すぐに踵を返してそう言った。
そして見た秀也の顔は、やたらとニヤニヤしていて、今にも笑い出しそうだ。これは秀也の策略だった。悔しいが、さすがにオレのツボをよく知っている。
だが、こんなでもこれがオレの日常。オレは、これが好きなのかもしれない。
「そうこなくっちゃな! ベストポジションは校舎の切れ目だ、遮るものがなくなって急に風が強くなる!」
秀也はつまり、この風を利用して、女の子達のスカートの中を覗こうと言っているのだ。オレ達の通う高校は共学なので、まわりには女の子もたくさん歩いている。
もちろん、オレも興味がないわけではない。いや、正味な話かなりある。というより、男子たるもの、そこに興味がない者などいないはずだ。もしも
ない者がいたならば、そちらのほうが不健全だ。ただオレは、
こんな大っぴらにそういうことをやるのが嫌なのだ。もちろん、盗撮をしろ、という意味ではなく。
それでもしぶしぶ、少し場所を移動して、さきほど秀也が言ったベストポジションに来ると、きっと同じような企みを持っているのであろう男子達が、帰路につく女の子達を眺めていた。ときおり強い風が複と吹くと、男子達の間から歓声が沸く。
「さーて、枯れてる拓斗くん。どっちがたくさん見れるか勝負しようぜ」
「枯れてるって言うな! ……よーし、そこだ!」
結局秀也にいいようにあしらわれている気がするが、勝負といわれては黙っていられない。オレ達の間には暗黙の了解として、”勝負”と名のつくもので負けたほうは、
勝ったほうにハンバーガーをおごらなければならいのだ。
だからオレはテンションを上げ、そう言って、女の子が連なっている校門付近を人差し指で指差した。つられて秀也や、周りの数人の男子もその方向を向いた。
「おおおお!」
次の瞬間、突風と共に、男子達の歓声が響いた。お目当てのものが見えたらしい。だがそれは、オレの指した方向とは、てんで違う方向で起こったものだった。
「うおおい! どうしてくれんだ拓斗!! 一人二人三人……ハネ満ものを見逃したぁぁぁ!」
「しょ、しょうがないじゃん。オレはそっちだと思ったんだよ!」
そのことを知った秀也は、断末魔のような声をあげ、その場にうなだれてしまった。ほかの男子からは少し冷たい視線を感じてしまった。大げさすぎるだろう、たかがこのくらいで。
「おい拓斗、今、”たかがこのくらいで何をそんな”とか思っただろ?」
オレが、うっかりというべきか、なんとなくそんなことを考えると、秀也が図星へ攻撃をしかけてきた。さすが秀也だ。これはごまかせそうにない。
「ふあ、なんのことかな〜?」
ゆえにオレは、少しちゃかす感じでそう言った。そして、
「んじゃ、オレはこれで〜」
シュタッと敬礼みたく手を額にあてがってそう言い、オレは駆け出した。秀也は、へんなところでムキになることがある。逃げるが勝ちだ。
「あ、こら、逃げるな! 勝負はどうすんだよ〜〜!!」
秀也が、そんなことを叫んでいた気がするけど、後ろに流れる景色とともに、その存在を流してしまうことにした。マンガみたいに慌てる秀也が、なんとなく面白かった。
オレは、そんな秀也を放置したまま、学校をあとにした。