1章 初めて空を飛ばされた日

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「キミを魔人に育てます!」
 オレが一体何をしたというのだろう。
 下校中のオレの目の前に、人差し指をオレに突きたて、満面の笑みの女の子が一人。
「……はい?」
 なんなんだ、この女の子は。よく分からないが、とりあえず関わるべきではないだろう。スルーするにかぎる。
 しかし、オレの足はぴくりとも動かない。気づけばそれはオレの意思、関わらない方がいいと思うものの、それはできなかった。
 その理由は一つ、その女の子がかわいかったのだ。しかも、少なくともオレの通ってる高校に一人いるかいないか、ってレベルだ。 オレだって男の端くれ、そんな女の子に興味を持たないわけがない。よく分からないが、お近づきになりたいものだ。
「あれ? 聞こえなかったカナ?? だから、リン達がキミを魔法使いさんに育てるの」
 たぶんオレよりは年下だ。どこかの学校の制服を着ていて、それだけだと中学生か高校生か判別できないが、その顔は、高校生と見るにはあまりにも童顔だった。
 髪は長めのツインテール。髪を結っている赤いリボンがなんとも似合っている。加えて、長すぎず短すぎず、見えそうで見えない絶妙なスカート丈。さらには、 女の子だからオレより背が低く、さっきからずっとオレのことを上目遣いで見てくる。正直、やばい。
「ねぇ、聞いてる?」
 うっかりその女の子に見入ってしまい、オレがボーッとしていると、その当の本人がそう言いながらオレの肩をゆっさゆっさと揺すった。
「た・く・と・く・ん! 倉地拓斗くん! ちゃんと聞いてよ〜!!」
 倉地拓斗。それはオレの名前だ。十七年間も聞き続けたオレの名。それに反応しないわけがなく、オレはようやく我に返った。
 なぜこの女の子はオレを知っているのか。勿論今の時代、一般ピープルの名前を調べることなど造作もないことなのかもしれないが、それがなぜオレなのか。
 そして気づく、これはいわゆるキャッチセールスというやつだ。
 こんな時代、こんなつまらない時代だ、魔法やら謎の美少女との遭遇やらの非現実を、夢見ない人などいないといってもいいと思う。この女の子、そのありえないものとの 出会いを演じているではないか。そう、演じているのだ。
 これについていけば、あきらかに胡散臭いキャッチコピーの商品を買わされるに決まっている。騙されてたまるか。その対象が、名前を調べてまでオレになっているのが気に食わないが。 一瞬でもお近づきになりたいと思ったことなどはもう忘れた。
「あの、えーと……あ! 人が空を飛んでいる!!」
 どうせ相手もふざけたことを言っているのだ。オレもそれをしたところで文句は言えまい。
 たしかにその女の子は、できすぎているくらいにかわいく、興味はつきない。だが、詐欺まがいなことに関わるのはまっぴらごめん、 オレは人差し指で明後日の方向を指差しながらそう言った。
 内容は異常なまでにベタで、あまりに唐突。そもそもありえないことだが、人間誰しも、指差されたらそちらの方向を向いてしまうもので、
「ん?」
 その女の子は、オレの指差した方向を見上げた。
 そして、隙ができた。足には少し自信がある。その隙をついて、オレは女の子の視界の届く範囲から外れようと、一気に駆け出した。
 そう、駆け出したはず、駆け出したつもりだった。
 だが次の瞬間オレの目に映ったものは、いつも走るとき見える、”景色が後ろに流れていく”ではなく、”景色が真下に流れていく”だった。
「?!」
 何が起こったか分からなかった。オレが分かるのは、走るために動かした足が、宙を切って完全に空回りしている、ということだけだ。いや、それすらもよく分かっていなかった のかもしれない。
 そして、気のせいかもしれないが、女の子の姿がだんだんと小さくなっていく。まさか、巨大化でもしているのか。
 勿論、そんなことはないと分かっていた。やはり、ありえないからだ、そんなことは。それでも、異変は増していくばかりだ。とりあえず、わたわたと手足を動かしてみるが、 その異変が収まるはずもない。
 そのうちに、家の屋根が見えてきた。見上げているのではない。”見下ろしている”。そこまできて、ようやくオレは自分の置かれている状況に気づく。オレは、飛んでいた。 宙を、飛んでいた。信じられなかったが、目と体に強制的に信じさせられた。
「え……? な……!!」
「おい、男」
 パニック寸前、失神寸前、オレの背後、いや、”斜め下”から、女の人のものであろう、少し低い声が聞こえた。こんな状況なのに、しっかりと聞き取れた自分に驚いた。
 しかし、そちらを向くことはできない。体の自由を奪われているわけではない。さきほどのように手足をジタバタさせることはできるし、首も動くのだが、宙に浮いている、と しっかりと認識してしまった今、少しでも体を動かすことが拒まれた。少しでも動いたら、落ちてしまいそうだ。心臓も止まれ。
「私達について来い。さもなくば……地面はお前にとって凶器となるだろう」
「!!」
 その女の人は、何を言っているんだ。地面が凶器。ではオレをこんな目に逢わせているのはその女の人とでも言うのか。ついて来い、とはどういう意味なのか。 もしかしたらさっきの女の子と仲間か何かなのか。ついて行ったらやはり何か買わされるのか。そもそもなんでオレは飛んでいるんだ。まさかその女の人がやったとでも。
 考えはまとまらない。考えれば考えるほどいろいろな考えが頭の中を駆け巡り、果ては初めに戻る。ありえない、ありえない状況だ。
「レ、レイちゃぁ〜ん。これはさすがにヒドすぎくない??」
「お前は甘すぎだ、リン。お前の睨んだ通り、この男はたしかにいい”素材”だ。ならば否でも応でも、捕まえるべきだ。たとえ手荒な真似をしても、だ」
「でもでも〜〜!」
 下で、なにやら二人の女の人が会話をしているようだが、オレの耳には雑音としか聞こえない。
 もう、わけが分からない。ありえない、ありえない。頭を抱えたいが、動くのが恐くてできない。もし誰かオレと交代してくれる者がいるなら、すぐに代わってほしい。なんなら 今財布に入っている全財産を渡してもいい。千円程度だが。
「男。答えは決まったか」
 なんでこういう声はしっかりと聞き取ってしまうのか。いっそ雑音であって欲しかった。今のオレに、まともな思考はできなかった。いや、オレでなくても、普通の人なら こうなるはずだ。まさか、嘘で言ったつもりの”人が飛んでる”がオレ自身になろうとは。
 なんでこんなことになってしまったのだろうか。今のオレには、ほんの数分前の、なんの変哲もない日常を思い出すことしかできなかった。


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