・トリカエッコ・

 その日、学校生活の上で、極めて日常的ともいえる登校風景が、おかしなことになっていた。
 風に揺れるスカート。
 それは普段ならば、男子生徒の目の保養になるであろうものなのだが、その日のそれは真逆、目に毒なものとなっている。
 これでもか、というほどの腰パン。
 それは普段ならば、見たくもない男どもの下着を見るはめになるものなのだが、その日は真逆、そこに視線が集まっている。
 その日起こっていたこと、それは、男女の制服がトリカエられているのだ。
 その原因は、アンケート――学校カイゼン計画に書かれた生徒の提案である校則で、今朝方連絡網でその校則を採用するという情報がまわったのだ。そして同時に、各家々に、 本来自分達が着るべきである制服ではない、異性側の制服が時間指定で送られてきていた。
 校則を破ったものは即退学、クレームは受け付けず。同封されていた文書に明記されていたことば。
 そんなことを言われてしまっては、生徒達はその校則にはむかうことができず、不本意かつ、異常な羞恥の中それを着て登校したというわけだ。
 しかもその校則には続きがあり、ただ異性側の制服を着るのではなく、普段各々が着ているように着て来い、とのことだった。つまり、ガクランの女子達は、いつもは男子がしている ように腰パンをし、セーラー服の男子達は、極限までスカートを短くする、という具合だ。当然どちらも、下着がまる見え。男子の方はぎりぎりで隠れてはいるのだが、 不慣れゆえに容易にそれが露になる。
「スカートから大根がはえてるみてーたぞ、お前」
「テニス部いいなぁ、アンスコかぁ」
 それでも生徒達は、そんな異質な光景、そして自分を、どこか楽しんでるようだった。もちろん羞恥も大きいが、今の時代、下着を見せるくらいどうてことないし、一種の集団 コスプレと思えば、なんということもない。ゆえに生徒達は、お互いの滑稽な姿をバカにしたり、笑いあったりしながら、各自のクラスへと向かった。

「だから〜、この校則は〜」
 騒がしい教室内。登校時だけでは飽き足らず、ホームルーム中にもかかわらず、生徒達がお互いを嘲笑しあっているせいだ。
 そんな中、男子生徒、いや、ガクランの女子生徒が、一人教壇に立ち、本人は真剣なのだろうが、どこか滑稽に他の生徒達になにやら話しをしている。
「皆聞いてください〜〜」
 やたらゆっくりとした口調だが、その声はよく通る。
「いんちょー、校則のことはだいたい配達されてきたプリントに書いてあったから大丈夫だって」
「でもでもでも、これは委員長としての仕事でぇ……!」
 いんちょーと呼ばれた女子生徒は、涙目になりながら訴えるのだが、その話しかけた男子生徒も雑談の輪に戻り、誰も聞いていない。
「もお……その女の子を見習ってよぉぉ〜〜」
 いや、一人だけ話を聞いている者がいた。
 最前列で一番右にある、窓側の席の女子生徒だった。
「いんちょーそれはヒドくない?」
 唯一の希望の光を指差して言ったいんちょーだったが、ほかの生徒から返ってきた答えは、一見して話が噛みあっていないものだった。
「……はい?」
 いんちょーはその生徒が何をいっているか分からず、セーラー服のリボンをいじっている窓側の女子生徒と、意見した生徒とを見比べる。
「それ、男だし」
 そう、その窓側の生徒、女子生徒ではなかった。証拠に、”セーラー服を着ている”。
「ああ……! ぽ、ポニくん?」
 いんちょーは常、他人を呼ぶ時は、下の名前にくんさんをつけるか、あだ名で呼ぶ。しかし、今回いんちょーはその窓側の生徒を”女の子”という代名詞で表現した。実は いんちょー、いつもと着ているものが違うせいかパッと見でその生徒が誰か分からなかったのだが、たった一つの光だったために、それにかまわず指をさしたのだった。
 ポニくんというのは勿論あだ名で、その男子生徒だがいつもポニーテールをしているため、自然とそう呼ばれるようになった。ただ、このポニテ男、恐ろしく童顔で、いんちょーが 間違えたように、私服でいるときはよく女子と間違われていた。しかも寡黙なため、すでに声がわりしている声も聞けず、おとなしい女子として見られることが多いのだ。
「ごごごごごめんなさいいい!」
 いんちょーはそのポニテ男に平謝り。こういうときは早口だ。何度も頭をさげ、何度か教壇におでこをぶつけた。
「あかべこの動きが激しくなったみたいな謝り方だ」
 誰かがそうつぶやいた教室は、次の瞬間には、笑い声と、未だ謝り続けるいんちょーの声で包まれた。

「ほんとうにごめんなさい……」
 ホームルームが終わったあと、もう一度いんちょーはポニテ男に謝る。おでこが赤い。
「慣れてる」
 ポニテ男は、スカートのすそをもて遊びつつ、ぶっきらぼうながら、少し温かみのある声でそう言った。
 それを聞いたいんちょーは、目尻にためた涙を救うと、安堵し、もう一度頭をさげ、自分の席につこうとした。だが、
「待って」
 ふいにポニテ男に呼び止められた。ポニテ男から口を開くのは珍しい。
「はい?」
 いんちょーは不思議に思いつつも、踵をかえしポニテ男のほうに向き直る。
「校則どう思う」
 ポニテ男は至極手短に、語尾もあまり上げずに、いんちょーに、恐らく問うた。
「え? えっとですねぇ……」
 いんちょー、少し嬉しくなった。そういうことを聞いてくれるということは、きっとさっきの自分の話を聞いていてくれたからだ、と思ったからだ。そして続ける。
「なんというかぁ、よく分からない校則、ってかんじですねぇ。正直意図がよく……」
「発案者」
 しかし、いんちょーが言い終わる前に、ポニテ男がそう口を開いた。いんちょーは、一瞬言い終わる前に口をひらかれたことをとまどったが、すぐにとまどいは別のものに かわる。
「オレがはこの校則の発案者だよ」
 ポニテ男は、もう一度繰り替えした。より力、感情をこめて。



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